Cat in the white room
20250317の夢について。隣の家は2階建ての一般的な家だった。白いレンガ調の壁面。採光のとれた清潔感のある明るい家庭。ただ一つ、「ペットが禁止である」というルールを除いてはなんの不穏さもない素敵な家庭だった。
僕はそんな家の一人娘とは幼い頃からの友人であり、この日もいつもと同じように話をしていたのだが、ふとした場面で切り出された言葉に耳を疑うこととなった。
「私ね、ママとパパに内緒で猫ちゃんを飼っているの。でもね、お小遣いじゃご飯を満足にあげられなくって。おうちのご飯を残して度々あの子達にあげているけど、そろそろダメかもしれないの」
普段ふわっと明るい彼女の顔は影を落とし、咲いたような笑顔は息を潜めている。僕が返答を間違えれば彼女は今すぐにでも泣き出しそうだ。
僕はそんな親友の切実な思いに何かが出来ないかと考えたが、ある点が引っかかったために泣かせることをやむなくして質問に切り込むことにした。
「あの子達、というのは何匹かいるのかい?」
それを聞いた彼女はひゅ、と息を呑み、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「初めはね、1匹だったの。ふとしたときに家にやってきてね、見てられなくなってご飯をあげたら居着いたの。
それでね、ある日もう1匹やってきたの。その時はまだお小遣いがあったから…大人しい子だから大丈夫だって思ったの」
それからの話は僕にとって同情するにはあまりにも受け入れがたいものだった。
曰く、2匹の猫はオスとメスであり去勢のされていないものだった。
曰く、彼らは子供を産み3匹増えた。
曰く、食糧難からオスの猫が己の家族を襲い食糧をほぼ独り占めするようになった。
曰く、他の猫に餌をやろうとするとオス猫が飛びかかってくるという。
「ねえ、どうしたら良いと思う?」
「……」
僕は上手い返しが思いつかなかった。親友のことは大切だが、元はと言えばペットが禁止の家庭で内緒で猫を飼っている相手が悪いのではないかという気持ちが拭えない。更には増やしてしまうなど言語道断である。
そこからの僕は「内緒でどうしても猫を飼いたい」という彼女の気持ちだけを尊重して、母猫を含めた弱い4匹を始末するように言った。
そしてついには家にあった農薬を彼女に手渡してしまったのだ。
数ヶ月後、彼女を含めた一家は白いマイホームを手放して引っ越してしまった。彼女がどうなったのかは自分の知るところではないが、良い結果にならなかったことは考えるまでもない。
その後、近所に住んでいた僕はあの子の家の掃除をすることになった。自分の両親が不動産屋をやっているのでそのためだ。
「お邪魔しまーす…」
僕が玄関の扉を開けると、すっかり物がなくなって“素敵な家庭”とは言い難くなったがらんどうの部屋が目に入る。それでも香水のような甘い匂いがどこかに残っていて少し寂しさを感じられる。
彼女が引っ越したのは僕の行いにも原因があるのだろう、そんな罪深さを抱えながら不意に彼女が過ごしていた2階への階段に手をかける。
するとなんだか、僕の鼻には香水とは違ううまく言い表せない嫌な匂いがさしてきた。それは本能的にキリリと緊張の走るものであり、思わず手で顔を覆ってしまう。
しかし、僕は彼女の失踪原因を確認したい気持ちが止められなかった。自分に非がないとでも思いたかったのか、彼女に申し訳なさを感じていたのか、その両方かはわからない。
足早に階段を上がり2番目のドアノブに手を掛けた。今思えば、こんなものは確認するべきではなかったのかもしれない。悪寒で背筋に汗が伝う。
大きな窓で開放的に白い空間。そこでは猫が4匹死んでいた。
丸まっているもの。苦渋の顔を滲ませて伸びているもの。下半身が獣に噛まれているもの。それより2つ周りほど大きな毛並みの最悪なもの。
ギュ…ギュ…。天井が軋んだような音がして僕は咄嗟に辺りを見回した。何かが近付いてくる気配がする。鼓動が高くなる。足がすくんで一歩も動けない。
そして、僕の頭上からは、
ニャア、
と強かに言うオス猫の声が聞こえた。
4つの死骸は日当たりのよい場所に置かれていて悪臭を放っている。小さいものから滲み固まった血は飢えから彼がやったものだろう。僕は後ずさりする。オス猫は僕から目を離さない。じわりじわりと近付いてくる。
「僕の罪」。そういった言葉が脳裏をよぎる。
親友が引っ越すにあたって何故死骸を処理しなかったのか。僕が片付けることを知っていたからか?それともあの子の両親がこうさせたのか?考えたくない考えが頭をぐちゃぐちゃにする。
それからのことはよく覚えていない。ただ、僕は気がつくとあの白い世界に戻ってオス猫に餌を与えていた。死骸が朽ちて溶けていくのを毎日見ながら、僕はお小遣いから毎日オス猫に餌をあげている。
両親には「もう少し掃除を頑張りたい」とだけ伝えて、よく知らない文句が並べられたキャットフードを買っては彼に与えている。
4匹の死も、親友の引っ越しも、きっと僕のせいだ。僕が親友だったなら、僕も最初の1匹に餌をやって次の2匹にも餌をやって、子供を増やして、泣きながら友人に相談をして、口減らしを行っていただろう。
全て僕のせいだ。僕が何も言及しなければもっといい結果になったかもしれないのに。または、僕が彼女のことをもっと考えて親身になってあげていれば。
オス猫は今日も家族の死骸の傍で餌を貪っている。
Cat in the white room
2025/03/17 up